あの先生の声が眠りの精を召喚する


(くぁ〜〜〜ふ)

大きなあくびを隠そうともせず、コースケは目をこする。
物理の授業は寝るための時間だと思っているが、テストが迫っている。
今回落とすとちょっと本気でまずいので仕方がない。
がしがしと頭をかいて姿勢を正すと、ふと面堂の姿が目に入った。

(お?)

寝ている。
教科書を立てて隠れるように突っ伏して、今時ありえない寝かただが、一応隠そうとしている辺りがいかにも面堂らしい。
少し観察していると、もぞもぞと面堂の顔が横を向いた。

授業中のくせにずいぶんと穏やかな寝顔である。まさしく熟睡といった感じだ。

(疲れてんのかなー)

バカみたいに真面目な面堂のことだ。家でも根を詰めて勉強しているのだろう。
それで疲れがたまって、がまんできなくなったに違いない。


(それにしても)

いつもの強気な雰囲気がまるでない面堂というのは、どうにもヘンな感じがする。

(あんな顔して、起きているときもああいう感じなら、もっと)
「白井!せっかく起きてるんなら前を見とけよー」
「わっ、あっ」

驚いて教科書を立てるコースケに、あちこちから笑い声が起こる。
そっと面堂の方を見てみると、ちゃっかり起きていつもの人を見下した顔で笑っていた。

(…ちきしょー)

めんどーくんも寝てましたとでも言ってやろうかと思ったが、あまりにも自分がバカみたいなのでやめておいた。
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普段ずっと気を張っている人の、無防備な寝顔ってツボです。
いやまぁその寝顔自体が捏造ですけど、そうだったらいいなーと。

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マクドナルドでどれだけ食べる気だ


学校帰りにふらっとマクドナルドに寄る。
初めてでもないのに、未だ慣れない様子の面堂が後ろにいることにも、今はあまり違和感を感じない。
あたるがいないことも。


席に着いた俺のトレーに乗っているのはハンバーガー2つとコーラ。
それに対して、面堂のトレーにはフライドポテトのSとホットコーヒー。

「お前それ…足りなくねぇの?」
「平気だ。それに」
「それに?」


「今あまり食べると夕飯が入らないだろう?」


やや間があって、

「ぶはははははー!!」

オレは爆笑してしまった。
どこの小学生のセリフだそれは。

「育ち盛りの学生が何言ってんだか」
「ほっとけ」

むくれてフライドポテトをつまむ姿に、オレはおかしな気持ちになる。
ここ最近たまにこうなる。何でかはわからないけど。

「1本ずつつまんで、めんどくせぇ食い方」
わからないまま、思ったことを口にする。面堂はふっと笑って、
「ぼくはがっついた食べ方はきらいなんだ」
と言った。
その言い方にカチンときたので、ポテトを一気に5本くらい取ってやる。

「あっ、こら!」

余裕ぶってるくせに、ポテトぐらいでムキになる。
こういうところは、本当に見ていてあきない。

もっと見ていたい。


「ったく、もう先に帰るぞ?」
「…もっかい注文してこよーかな」
「どれだけ食うんだお前は」


学校で毎日見てるんだけどなぁ。

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学校帰りのファストフード!学生生活の定番!(?)
私の場合はドーナツ屋があったんですが、一度男子だけのグループを見たなぁ…何を話していたんだろう。

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後悔はするな


「面堂」
いつものちゃらけた雰囲気が感じられないコースケの声に、面堂は少したじろぐ。

「少し震えてっぞ、お前」
そう言ってコースケはくしゃっと笑った。
コースケの両手は、面堂の両肩に置かれている。

「やかましい。や、やるならさっさとやらんか」
声に力が入らなかったことが自分でもわかった。

「さっさと…」

コースケの手にやや力が入り、そして顔が面堂にぐっと近づき…目の前で止まった。
心の中で腹をくくっていた面堂は思わず拍子の抜けた顔をした。それからふつふつと怒りがこみ上げてくる。


「なっ何だお前は!やるのかやらんのかはっきりせんか!!」
「いやだってお前、何かこれをやったらいよいよ『友達』って一線越えちゃうとか思うとつい」
「…ぼくだって何度も考えた」
「うん、そうだな。よし。オッケェ」

ふーっと息を吐くコースケ。

「面堂」

まっすぐに面堂を見つめるコースケの目。


「後悔はするな」


自分達で出した結論だ。
かすかにうなずいたのを見て、コースケは面堂にキスをした。

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どひー!どこの少女マンガだ(汗)
キスすることに関しては長いこと葛藤してたらいいなぁ、と思います。戻れなくなるポイントみたいな。

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幼稚園の頃は特撮ヒーローに憧れていました


呼ばれて行ったコースケの部屋で、ふと見つけたのは戦隊もののロボットだった。
確か小学校に入る前の頃だから、音も出ないしどこも光らない、人形に近いロボット。

手に取って、腕や足をそっと動かしてみる。
心の中に、懐かしいようなこそばゆいような、何とも言えない思いが広がる。


脳裏に浮かぶのは、めずらしく、幼い自分を抱き上げる父の姿。

「終太郎、お前は大きくなったら何になるんだ?」
「はい父上、ぼくは大きくなったらこの面堂家のりっぱな当主になります!」

そうか、と言って笑った父の顔を見て、自分もうれしいと思ったことを思い出す。


でも。
本当はあの時、ぼくにはなりたいものがあったんです、父上。



「何やってんだお前?」
飲み物を手に、戻ってきたコースケが覗き込む。

「お前、ずいぶんと物持ちがいいな」
「うっわ懐かし〜!どこにあったんだよ」
「そこの中に転がっていたぞ」
「閉まっている押入れを指差して平然と言うな」


コースケは懐かしいを連発しながらロボットに何とかポーズを取らせようとしている。
「オレさ、昔これに出てくる××レッドになりたかったんだよ」


驚いた。
自分だけだと思っていたから。
同じ年頃の子と遊ぶことの少なかった自分は、レッドになりたいなんて思うのは変なんだと思っていた。
ヒーローに憧れるなんて、面堂家の次期当主らしくもないと。


そうか。
みんな同じか。


「何にやけてんのお前」
「…知らん」

口ではそう言いつつも、こみ上げてくる笑みをおさえる事が出来なかった。

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共通点があることがうれしい面堂、って感じで。
「お前達とは違う」というプライドと、「ぼくも同じなんだ」という安心。
小さい頃の面堂は、いろいろと我慢してきたことも多そうで(夜店とか)頭ぐりぐりしたくなります(笑)

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○○に彼氏ができたらしい


私、このところずっと気になっていたことがあったのですけど、昨日思い切っておにいさまに聞いてみました。

「おにいさま、彼氏でもできましたの?」


ずっ、とこけたおにいさまは、すごい勢いでお言いになりました。

「いきなり何を言い出すんだお前は!ていうか『彼氏』って何だ!!」
「冗談ですわ。でも最近のおにいさま、ちっとも私にかまってくださらないじゃありませんか。私もう、つまらなくてつまらなくて。もし私がたいくつで死んだら、おにいさまのせいなんだから!」
「訳のわからんことを言うな!とにかく、ぼくの周りに素敵な女性はたくさんいるが、あいにくまだ恋人はいない。もちろん彼氏もいない!わかったな」

そう言いながらおにいさまはその場を去ろうとしましたが、私にはまだ納得できない点がいくつかありました。


「でもおにいさま、近頃今までよりどこか楽しそうに学校に向かわれますし、お帰りが遅いことも何度もありますし、それにお休みの日だって黒メガネを連れずにお出かけになったりするじゃありませんか」


おにいさまは一瞬かたまりましたが、すぐに私の方に向き直ってこう言いました。

「学校には普段通り行っているし、ぼくだって学生なんだから、帰りが遅くなることだってある。休みの日は……映画に行ったりしてるんだ」

へんにどぎまぎしながらそう言って、今度こそ去ろうとしたおにいさまに向かって、私はそう聞いて思ったことをそのまま言いました。


「じゃあ、『いいお友達』ができたのですね」


あの時振り返ったおにいさまったら、目を大きく開けて、何も言えずに顔をまっかにしていました。
そんなおにいさまは、ちょっぴり可愛かったです。
もちろん言ってませんけど。ほほ。

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むずかしいです面堂兄妹…何てやっかいな兄妹だ(爆)
妹思いな面堂が好きすぎます。そんなおにいさまのことを、妹は何でもお見通しなのです。

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『女教師』なんてAVにしか存在しないのだ


「何言ってる。サクラ先生はどうなるんだ」
真顔でそう言う面堂に、あたるはわかってないな、と首を振る。

「サクラ先生は『女の先生』だろうが。オレの言う『女教師』ってのはもっとこう、優しく、時に厳しく、卑猥な感じで…」
「『諸星クン、先生がイロイロ教えてあげる』みたいな、な!」

コースケがオーバーに体をくねらせると、あたるは力いっぱいうなずく。
「そうっ、それ!コースケ今いーとこついた」

ししししし、と笑い合う2人を横目に、面堂は大きくため息をつく。

「くだらんな。そういう偏見は、女性に対して失礼だと思わんのか」
「思わないね。オレたち男の子だもん」

しれっと返すコースケに、面堂は付き合いきれないといった顔をする。
まったく、と呟いて席を立とうとしたところを、あたるが肩を持って再び座らせた。

「何だ!」
「いやいや、そう言いながら、面堂クンだって結構好きなんでショ、そーいうの」
「何がだ」

面堂の耳元でそっとささやくあたる。

「…それとも、もっとマニアックなのがお好きなの?」


ぼっ!

意味を理解した面堂の顔がいっきに赤くなる。
「お坊ちゃんって世間とずれた嗜好してることが多いイメージがあるんだけども」
「ふざけるな!ぼっ、ぼくはそんなのは…!」

最後まで言えずにかたまってしまった面堂は、もう耳まで真っ赤だった。
(あらまぁ、可愛らしいこって)
この程度の話でなかなか言葉が出てこないらしい様子の面堂が、コースケには新鮮でおもしろかった。
こーいうところが妙に気になるんだよなぁ、とこっそり思う。


「もしかして観た事ないの?面堂クン。ダメよ〜、男子にとっちゃ社会勉強のひとつなんだから」
「う、うるさい!貴様らと一緒にするな!」
「よしあたる、今日はこれから店に行って男子の親睦会をしようじゃないか。互いの理解を深めよう」
「いいね〜!ほら、面堂来いって♪」
「ぼくは行かん!放せー!!」


哀れ捕らわれのお坊ちゃん。
しかしその後3人とも案外似通ったシチュエーションが好みだということが発覚し、結果的に親睦会はある意味で成功したのだった。

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…無理やり終わらせたり(死)
あまり世間のことを知らない坊ちゃんと、ちょっぴり悪い子2人っていう組み合わせが萌えどころど真ん中です。
それにしても、どうも私は面堂の顔を真っ赤にさせるのが好きみたいです(笑)
実際はここまでウブじゃないと思いますけど。

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味噌塩醤油、そして豚骨


…わからん。
何でカップラーメンで目をきらきらさせられるんだ。

ものすごく慎重な手つきで、矢印きっちりにふたをめくったのにはちょっと吹き出しそうになった。

1秒の狂いもなく3分計ろうとするのはいいけど、オレにまで言わんでいい。
オレはちょっとかためで食べだして、食べてる間にちょうと3分になるのがいいんだよ。
(そう言ったら「これが経験の差か…」とか真顔で言った。バカか?)

あと「ふたの上でスープを温めてください」に感動していた。
…これはちょっとわかる。

それでもって、実にうまそうに食うんだ。…カップラーメンだぜ?
普段何百倍っていいもん食ってるだろうにさ。


…ホントわからん。
わからんが、こいつを見てると、何でもないことが面白くなったりする。

それがいい。

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私の周りにはあそこまでの金持ちはいませんが、もしいたら面白いだろうな〜と思います。
そのまま目を離せなくなってしまえ、白井!(笑)

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貴様と俺とは同期の桜


百害あって一利なし。
目の前のものについて、面堂はそう教えられてきたし、自分でもそういうものだと思っていた。

「…貴様まだ高校生だろうが」
「でもお前よりは年上だぜ?」
「やかましいっ!同期は同期だ!!」
「いーじゃんそんなかたいこと言わなくても。お前も吸ってみるか?」

ん、とコースケが差し出したのは、一本のタバコ。

「…百害あって一利なし、だぞ」
「頭ガチガチだなお前は〜。オレだって別にいつも吸ってるわけじゃねぇし」
「じゃあ何で吸うんだ」
「ちょっとした冒険みたいなもん?」

ものは言いようだ、と面堂は思った。
目の前のタバコが、途端になにか不思議な魅力をもって見える。
まぁ、興味がないこともなかったんだ、自動販売機で売っているという安っぽいタバコに、と心の中で自分に言い訳しながら、出されたタバコを手に取ってみた。


「ほい、ライター。…使ったことあるよな?」
「…貴様ぼくを何だと思ってる」

チッチッチッチッチッチッチッ

「つかねーじゃん」
「ええいうるさい!!」

少し顔を赤くしながら面堂は大きな声を出す。その勢いでか、シュボッと音を立ててライターに火がともった。
タバコを口にくわえ、おそるおそる火に近づける。


そろ…そろ…


「わっ」


ちょっとした冗談じゃないか、と突きつけられた刀を前にコースケは冷や汗交じりの笑顔で言った。

(とりあえず…)
面堂は大きく息を吐き、そして思いきり吸い込んだ。

「何だ面堂、全然いけるじゃん。あたるなんかすぐに咳き込んじゃってさぁ、どーだ、初めての味は」
コースケはわくわくしながら感想を待ったが、面堂の次のアクションがない。


「…面堂、吐かんと死ぬぞ」
ふううううっと音を立てながら、ようやく面堂が煙を吐き出した。何とも言えない微妙な顔をしている。

「決して『うまい』というものではないな」
「そんなもんだよ、タバコだし」

そう言いながら、コースケもふーっと煙を出す。

「いや〜、ひとつ大人になったなぁ面堂」
「そういうものか?」
「そーいうもんだ」

今度は違う種類のも試そうかと言って笑うコースケに、今からそれでは肺ガンは免れんなと面堂は返す。


こういうことをしてみるのも、悪くないと思えた。

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因幡くん登場のOAVで、大人になった面堂が葉巻を吸っているのを見て、「いつ覚えたんだろう」と思ったことからのタバコ話です。
「あたるが咳き込む」というのは私の勝手なイメージです(爆)何となく吸えなさそう。コースケはきっと余裕。面堂も葉巻吸うようになるくらいですから割といけるクチなのかも。

…書いてからナンなんですが、こういう高校生って今でもいるんだろうか。
実は私は「男子高校生」に対してとても古いイメージを持っているんではなかろうか(笑)

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UFOキャッチャーができるとモテるって本当?


「あっ」

声が出たのと同時に、クレーンは無常にもその手に掴んだ獲物を放した。
面堂の眉間のしわがさらに深くなったのを見て、コースケはそっと声をかける。

「なぁ面堂、そろそろ…」
「コースケ、もう一度やってくれ!」

ああもう、とコースケは心の中で大きくため息をついた。

「さっきからもう何回目だよ!いーかげん諦めろって」
「何を言う、UFOキャッチャーごときに負けたとあれば面堂家次期当主の面目が立たんわ」
「こんなもんにまで意地を張らんでええわい」

そうこう言っている間に面堂は勝手に硬貨を入れてしまい、コースケは仕方なく機械の正面に立つ。
(こんなにUFOキャッチャーをやるのは人生で初めてだ…)
まったく人生の足しにならない経験をリアルタイムで積み重ねている自分が、情けないというか何というか。


それでも。

(よし、やるか)

自分の手元を見つめる視線に何となく応えてやりたくて、コースケはレバーを握った。
子どもの頃から相当やり込んだからか、結構得意なのだ。
まぁ、見本を見せる役目である自分の景品ばかりが増えていくのが、面堂にはおもしろくないのだろうこともわかってはいたが、

(おぼっちゃんがせっかく「俗な遊び」に興味をもったんだから)

ちょっとぐらい、いいカッコだってしたいじゃないか、とコースケは思うのだった。

(…こういう時じゃないとできねぇし)
何せ相手は「成績優秀」で「スポーツ万能」な「優等生」だ。


狙いを定めた景品に向かってまっすぐに降りていったクレーンは、今度はそれを放すことなく、取り出し口まで運んでみせた。

「…何が違うんだ。なぜお前に出来てぼくに出来ないんだ」
「踏んだ場数が圧倒的に違うっての。ほらほら今日はもう退散〜」

いい加減、UFOキャッチャーに陣取る男子高校生2人に対する周囲の目線も痛い。
たくさんの景品を押し付けるようにしながら、コースケは無理やり面堂を外へ連れて行った。


「結局ひとつも取れなかった」
帰りの道中、面堂はずっと文句の言いっぱなしだった。コースケはふと昔の自分を思い出す。
同じように、悔しそうに文句を言いながら帰った。

「…うまいもんだなぁ、コースケ」
面堂は本当に感心した様子で言う。

「また挑戦したくなったら、連れてってやるよ」
これができると意外にモテるんだぞ、と言うと、「ぼくは今で十分モテる」と返ってきた。

さっきは少しかわいかったのに、と思ってコースケはわずかに口をとがらせた。

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白井さんには、面堂のことを少しお兄さん的な立場で見ていてほしいです。
ああ、あんな頃もあったなぁなんて考えつつ。
だからと言って面堂が子どもっぽいのかというと、またそういう訳でもないんですが(笑)

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男の戦場に立つ


「しまった…」
午前からの授業を終え、ようやくの昼食の時間。
いつものように重箱のような弁当箱を出そうとして、面堂は気づいた。

弁当が、ない。

今朝はいつもに比べて少しどたばたしていたためか。
朝っぱらからかわいい妹がかわいくないイタズラを仕掛けてきたからだが、それにしても弁当がないのは困る。
面堂も人の子、どうしたって腹は減るのだ。


「あれ、面堂、メシは?」

あたるが気づいて近づいてきた。横にはコースケもいる。
「それが、家に忘れてしまってな…」
「ならちょうどいいや、購買行こうぜ!」
「なっ…!?」
何か言う暇もなく、あたるとコースケは面堂をひっぱって走っていった。


「何だ、ここは…!」
目の前で繰り広げられている光景に、面堂は圧倒されて立ち尽くすしかなかった。
わずかなスペースにあふれんばかりの人だかり、飛び交う怒号、そして悲鳴。
「地獄か…?」
震える声で呟く面堂の横で、あたるとコースケは念入りに体をほぐす。

「いいか面堂、ここは戦場だ」

いつになく真面目な顔のあたる。

「ちょっとでも油断すると一気に飲み込まれる。そうなったら最後、無傷で帰還することはほぼ不可能に近い…特にお前のような初心者ならなおさらだ」
面堂はごくりと息を呑む。
「だがしかし、それを乗り越えたものだけが勝利の昼メシにありつくことができるのだ!そーいうわけで…突撃ぃ〜!!」
「あっおい諸星っ…!」

あっという間に見失ってしまい、呆然とする面堂の横で、コースケが足首を回しながら言う。
「ま、飲み物のひとつでも取ってこれたら上出来じゃねぇかな?」
「ん?」
「…行って来おい!!」
言うが早いか、コースケは面堂を人だかりの中へ力任せに押し込んだ。
うわーっむぎゅ、という奇声が聞こえた気もしたが、気にしないことにする。
そしてそのまま、コースケも飛び込んでいった。


十数分後。
さすがに慣れたもので、さっさと昼食を手に入れて待っていたあたるとコースケのところにようやく戻ってきた面堂は、髪は乱れて服もぼろぼろ、ところどころに傷を作って今にも倒れそうな風体だった。
それでも、はぁはぁと肩で息をする面堂の手には、少々潰れてはいたもののパックの牛乳がしっかと握られていて、あたるとコースケは初めてにしてはよくやったと拍手を送ってやった。


やっとのことで教室に戻り、席に着く。
あれだけの思いをして手に入ったのがパックの牛乳だけなんて、ひどく損をした気分だが、それでもないよりはマシだろう。

とさっ

音に気づいて顔を上げると、机の上にあんぱんがひとつ乗っていた。
「おすそわけー」
それだけ言うと、コースケはさっさともといた場所へ戻っていった。
面堂はぽかんとした表情で、コースケの背中とあんぱんを交互に見る。

(まさかコースケにあんぱんを恵んでもらうことになるとはな…)

ふっ、と思わず自嘲気味の笑いがもれる。
それもこれもすべて了子のせいだ。帰ったら兄としてきつく言わなければいけない。

(だが、とにかく今は昼メシだ!)
面堂は大きく口を開け、あんぱんにかぶりついた。
疲れた体に、あんこの甘さが嬉しかった。

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少々無理やり絡ませてしまいましたが、白井さんはこういう気配りができる男だと思います。モテるし。
購買は学生生活のロマンです。

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俺たち童貞同盟


面堂とキスをするのは久しぶりだった。
ファーストキスという一線を越えたとはいえ、2人になることなどほとんどなかったし、なったところでそんな雰囲気にはならなかった。
今日はたまたま、2人の「タイミング」が合ったのだろう。
それでも、久しぶりのキスは、もう友達ではない相手との関係を思い出させてくれる。


そんなことを考えていたら、無意識に力が入っていたらしい。
不意に面堂がバランスを崩し、つられるようにコースケも前に倒れこむ。
気がつけば、コースケが面堂に覆いかぶさるような体勢になっていた。


(やべ…)
頭がゴチャゴチャして何も考えられない。
顔を真っ赤にして大きく肩で息をしている面堂から、目を離すこともできない。
(こういう、たまにかわいいところがあんだよな…やっぱり)
この状況で何を再確認しているのか、自分は。

ここから先の知識がないわけではなかったが、男との場合はまた別だ。
ただ見つめ合うだけの時間が過ぎる。初めてキスをした時だって、こんなに相手を見なかっただろう。


…そうだ。こんなにちゃんと見るのはもしかしたら初めてかもしれない。
やはり整った顔をしていると思う。女にモテるのもわかる(自分にいたっては男だ)。
いつも強気でいるくせに、今はちょっと泣きそうなぐらいにこわがっているのも、いい。

(何か、まじまじ見ちまうと…照れる)
この年になって、恥ずかしくて動けなくなるとは思わなかった。


その時、机の上に置いていたコースケの携帯が大きな音を立てて振動した。
反射的に2人して大慌てで起き上がり、ものすごい勢いで離れる。

(なんちゅータイミング…!!)
嬉しいんだか残念なんだかよくわからない気持ちで携帯を確認するコースケの背後で、「帰るっ」とどぎまぎした声が聞こえた。
「え、面堂ちょ…」
っと待て、と言おうとして振り向いた時には、すでに面堂の姿はなく。

「ああもう、最悪のパターンだ!」

手足を投げ出して天井を見上げる。
(こういうのは時間が経つ方が恥ずかしいだろ!)
今ならこの勢いに任せて何とかなったかもしれないのに。言い訳でも、その先でも。
(いや勢いで何とかしていいことでもないか。でも勢いでなきゃできねぇよな。ていうか…そもそもどこまでいこうとしてるんだ?)
考えはちっともまとまらないし、よく考えれば面堂と次に顔を合わせるのは、明日だ。

(学校じゃねぇか…)

今夜は眠れそうにない。

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この2人は、キスまでしかいけないような気がします(笑)
でもいいんです。個人的にはこの2人はキスまでで十分すぎるくらいです。

何ならキスもいかない方がより萌えるかも。

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抜け駆けは許さない


それを見たのは、たまたまだった。
外出先へ向かう車の中で、面堂がぼんやりと窓の外を眺めていると、見慣れた公園が目に入った。
池もあって比較的大きなその公園は、面堂もあたるやコースケたちに誘われて何度か行ったことがある。
雰囲気もよく気分転換するにはもってこいの場所なのだが、面堂には気に入らない点がひとつあった。
それは公園の雰囲気に似つかわしくない派手な色をした屋台で、ひときわ目立つように描かれた「たこやき」の文字がいやでも目につくので、いちいち気分を害されるのだ。

その屋台の前で、あたるとコースケが笑いながらたこやきを食べていたのが見えた。
思わず「あ」と小さく声が出て、「どうかしましたか」とたずねる運転手に何でもないと答えたものの、面堂はわずかながらに自分がショックを受けているのを感じていた。


あたるとコースケは、時折面堂を帰りに誘うことがあった。今日も、ホームルームが終わって帰り支度をしている面堂のところにやってきた。
「なぁ面堂、帰りちょっと付き合わねぇ?」
「だめだ。ぼくには次期当主としてやらなければいけないことがたくさんあるんだからな。特に今日は帰ってから少し遠出しなくてはならないし…」
「ふーん、じゃあいいや。またな」
面堂の脳裏に放課後のやり取りが思い出される。


(…なんてことはないじゃないか)
そうだ。自分は断ったのだから、その後彼らが何をしていようが関係ない。
それは2人の勝手だ。
(大体買い食いなんて校則違反だ。しかもたこやき!あんなの食べるなんて、むしろぼくは行かなくてよかったじゃないか)
そうわかってはいるのに。
大きく口を開けてたこやきをほおばりながら、何がそんなにおかしいのかけらけらと笑っていた。あの様子、あの表情が、頭からはなれない。
(だって、あんなの…)

2人はとても楽しそうだった。

(抜け駆けみたいじゃないか…)
知らないうちに握っていたこぶしに、ぎゅっと力が入った。
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面堂、少々お門違いの嫉妬。でもそれがあたるになのかコースケになのかは自分でもよくわかってません。
この辺りのことは語りだすと長くなりそうなのでまたの機会に。

面堂は、「友」に関することにはとにかく不器用であると思います。

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俺もヒーローになりたい


最近、気がつくと無意識に面堂を目で追ってしまっている。
3限目終了後の休み時間、コースケは心の中でため息をついた。
自覚してからもなおこんな状態が続いては、さすがにもう「好奇心」という言葉で自分をごまかすのも限界だったが、だからと言ってなぜそうしてしまうのかはっきりとはわからない。
いや、本当はもうわかっているのに、認めたくないのだ。
面堂のことが気になっているなんて、まるで面堂のことが好きなようで。

しかし、そんな自分の状態が現実である以上、面堂に対していくらかの好意があるのは事実なのだ。
たとえ自分自身が認めたくなくても。
コースケはもう1度、今度は本当にため息をついた。

さらにコースケが気になるのは、面堂の視線の先だった。
見ていて気がついたことだが、面堂はよくあたるのことを見ている。
何とはなしに、無意識のうちに見ているような感じで。おそらく、自分が面堂のことを見ているのと同じように。
それはつまり、自分が面堂に対してそうであるように、面堂もあたるにいくらかの好意があるということだ。そのことを自覚しているかは知らないが。

女好きだとかアホだとか、そういうところは似ていると言っても、やはりあの2人は真逆の位置にいると思う。
自分と正反対の人間。自分にないものばかりをもつ人間。
やっぱり、そういう相手に惹かれるものなんだろうか。たとえば、空も飛べてビームも出せる正義の味方を、目を輝かせて応援する子どもみたいに。

あー。
俺もヒーローになりたい。

そう考えてしまうことがまた面堂への好意を肯定していて、コースケは机に突っ伏した。

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…いろいろ無理やりすぎるのはわかっております。
でも個人的に、コー→面、そして面→あたはコー×面に行き着くまでに避けては通れない道なのです。
そして面堂から見た時に、あたるにはヒーロー的要素があると思うんです。

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勉強ができ運動もでき顔も良い野郎と友達になれるか


どうして、コースケといる時はこんなにも気持ちが楽なんだろう。
コースケの部屋の中で、ぼくはぼうっとそんなことを考えていた。

家に呼ばれたからといって、何をするというわけでもない。
特別話すことがあるでもなく、2人で盛り上がるような共通の趣味があるでもなく。
ただ同じ場所で時間を過ごす。

でもぼくは、この時間が決していやではないのだ。

トンちゃんと一緒の時だって、こんな気持ちになったことはない。
諸星となどもってのほか。
コースケといる時だけ、ぼくは体から力が抜けるのを感じる。力が抜けて、思わずもたれかかってしまう。

「面堂、重い」
買ってきた雑誌から目を離さずに、コースケが言う。
「…お前の、ぼくをもたれさせてくれるところが好きだ」
ぼくもコースケの方を見ないでそう言うと、何だそれ、と返事が返ってきた。
そう言いながら笑うので、背中越しにその振動が伝わってきて、それにつられるようにしてぼくも笑った。

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面堂が自然に頼ったりできそうなのってコースケくらいだと思うんですが、そこがすごく好きです。
面→コーにはかかせない要素だと思います。
そして、この2人が友達っぽく、何気なく一緒にいる時が大好きなんです。

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